黒川 清 教授(政策研究大学院大学)「高齢化社会とコミュニティについて」
黒川 清 教授 |プロフィール(2010年8月現在)詳しく知る
1962年 東京大学医学部卒業
2003年 日本学術会議会長に就任
2006年 内閣官房内閣特別顧問に就任
2009年 政策研究大学院大学政策研究科教授 (2009年 レジオン・ドヌール勲章を受章)
2030年(20年後)には、高齢化率30%を超える日本。他に類を見ないデモグラフィを抱える日本は、「高齢社会」という際立った問題を抱える国として世界に注目されています。今回は、政策研究大学院大学 教授の黒川清先生の視点から、高齢社会日本における地域コミュニティの再構築と民の力への期待について、語っていただきました。
- 本日は貴重なお時間をありがとうございます。さて、「高齢国家」として、世界の中でも群を抜いて際立った問題を抱える日本。今、日本は行うべきことを行えているでしょうか。黒川先生は、どのようにご覧になりますか。
- 現在高齢化率は23%、これが2030年には30%を超え、その後40%超までいくことは分かっています。増幅する社会保障費の課題も併せて、超高齢社会への解決策が、日本には見えていません。
もはや、従来の「官まかせ」の政策では、地に足のついた社会課題解決策が見いだせないということでしょう。
デモクラフィの課題を解決してきた諸外国の対策としては、例えば移民政策が挙げられます。すぐに思いつくのが「低賃金労働者」の受け入れですが、そうではなく、スキルのある人材を受け入れようという試みもあります。その場合、そのエントリーポイントは大学です。
例えば、日本の大学生の20%を外国人にしたらどうなるでしょう。彼らには「日本で教育を受けた」という感謝の気持ちが育ち、そして日本で就職し知的レイヤー層となっていきます。
勿論、母国に帰るのも選択肢です。このように、日本の超高齢社会課題を日本だけで解決しようとしないことが大きなヒントでしょう。
もうひとつ注目したいことは、都市化、少子化、女性の社会進出の遅れなどのさまざまな要因から、日本は地域コミュニティの「きずな絆」があまり発達していないことです。
日本は、人口が多くてものに孤独だ、という都会過疎化があるのです。不明高齢者の続出や信じられないような子どもの虐待・事故が後を絶たないことは、それぞれの個人の問題ではなく、家族の一体感の喪失であると思います。自分の家族だけではなく、このコミュニティに生活している人の間にも一体感がない。人間一人ひとりが寂しい。そんな社会になっているのは、悲しいことですね。
コミュニティの課題として、もうひとつ指摘したいのは「生活習慣病」です。50年前のように、栄養状態や衛生状態が悪いこと、結核などに起因する疾患ではなく、現代は「生活習慣が悪いこと」に起因し慢性疾患が蔓延しています。その改善には、毎日、近所の同じ境遇にある人たちと顔を会わせ、話をすることです。
「人との交わりが、生活習慣を変える」、何も特別なことではないけれど、現代社会で失われてしまいました。
そして、ここでの医師の役割を考えると必要なのは専門特化した知識技術ではなく、生活に寄り添った健康と病気の指導ですね。
- そういう意味でも医療の中心は、地域診療所の医師に回帰していくのでしょうね。まずは、地域診療所の医師が診て、必要であれば病院医師にコンサルテーションを依頼する、という流れが適切だと思います。
住民にとって「主治医」は病院医師ではなく、地域診療所の医師となるのでしょう。地域診療所の医師は、住民から安心してその役割を任せてもらうために、もっと研鑽しなくてはなりません。
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医師の役割は様々であると社会から認識され、それぞれに社会から大きな期待を受けているにも関わらず、医師自身が「大学教授が一番」「病院院長は格が高い」などと、自分たちでヒエラルキーのルールを思い込んでいたのです。医師たちのその意識を変えなくてはなりません。
それには、行政や政治など「誰か」が動かしてくれるのを待つのではなく、そこに住む住民が自分たちで「どうしたいか」を意思表示し社会の中で行動することです。
そのよい例を紹介しましょう。いくつかの自治体で行われている例ですが、住民税の1%を、住民個々人が支援する社会活動団体(医療、福祉、教育、NGOなど)に寄付をするというものです。これはこれまでの「陳情」社会とは大きく異なります。住民一人一人が、自分の生活の中心である地域に愛着を持ち「どうしたいか」を考えて実の伴う行動を起こす「自立」社会です。これが、市民意識自身を育て、地域の社会団体も、住民を巻き込みながら、より質の高く透明性高い社会活動へと進化していくでしょう。
- 国民主権、市民社会の萌芽ですね。私たちも、社会とともに、地域コミュニティを創っていきたいと考え活動しております。具体的には、在宅医療を突破口として、孤立した高齢者と社会の繋がりを紡いでいきたいと考えています。高齢者に必要なサービスを届け、世代間の交わりを生むことで、高齢者に安心と心身の幸せを提供したいのです。
それにより、その姿を見る次世代の人々に安心して老いる環境を作りたい、そして彼らの後の世代にもそんな社会を残したいという原動力を生んでほしいと思っています。
私たちのゴールは、「在宅医療を通じて、希望ある社会を創っていく」ことです。これに対して、黒川教授にメッセージをいただければと思います。
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日本の現状では、国の力に頼らずに解決できる、また解決をしなくてはならない課題が多くあります。それが自立した「市民社会」です。何かあったら「お役所」への「陳情」ではなく、日常的に自分たちで何をすべきか、どうやったらできるかを考え、行動していなくてはいけない。武藤さんみたいに、社会の日常生活に根をおろしたボトムアップを図る試みがもっと産まれてほしいと思います。
特に武藤さんはユニークですね。伝統として「由緒正しい」とつい思い込みがちな経歴を持つと従来の社会構造のトップに君臨したくなるものだけど、社会のボトムアップに勤しんでいる。多くの人とネットワークを作り、新しいコミュニティを構築する試みは本当に素晴らしいです。がんばってほしい。
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ありがとうございます。
私たちも、志を持つ多くの方々と活動を共にしたいと考えています。特に、高齢社会の課題解決に不可欠な地域医療の担い手である医師の仲間が足りません。
- そうだね。
最近は「もっと患者さんの生活の第一線に寄り添った診療をしたい」と感じている若い医師は多いですね。大学と地域診療所の医師の交流により、「現場感」ある若い医師を作りだしている大学も少ないながらあります。在宅医療の現場は、大学病院で学ぶ医療とプロフェッショナリズムに差がありますし、そういう現場の体験を学生にさせることも大事ですね。
- はい、私たちも学生や研修医に在宅医療の教育の場を提供することを考えています。
さらに、指導医の先生方にも在宅医療を知っていただく試みも必要だと考えています。それは、これまでの病院の考え方は「病院は患者を治して送り返すもの」との意識があります。ですが、末期の患者さんに対してこの考え方では、患者さんを送り出すタイミングを失いがちです。
そのような患者さんを、在宅医療の現場で多く見、残念だと感じているからです。
私たちは、病院と在宅診療所との「交換留学制度」のようなものを作りたいと考えています。例えば一か月、病院の医師と在宅医療医が勤務先を交代する、というものです。私たち在宅医は病院で最先端の治療法を学ぶ機会を得ることができ、また病院で指導する立場の医師が在宅を経験する機会の創出です。
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とてもいいね。今までの医療、医学の教育は、直線的なキャリアパス思考になりがちですが、医師の社会的役割は多様なものでしょう。ですから、なるべく若いうちに、見て、聞いて、現場の匂いを嗅いで、触れて、自分のこころが動かされる、インスパイアされるものを見つけてほしいと思います。ある瞬間に「あ、これが医師の原点なのだな」と気づく、とかね。実態を持った知見を感じ取った上で、医師としての多様な選択肢の中から、自分を見つけてほしいですね。
- 私たちからもぜひ、若い医師たちに伝えていきたいと思います。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
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(聞き手)
武藤 真祐|医療法人社団鉄祐会 祐ホームクリニック 理事長 詳しく知る
1990年 開成高校卒業
1996年 東京大学医学部卒業
2002年 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了
2010年 祐ホームクリニック開設
2011年 祐ホームクリニック石巻開設
内閣官房高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部 医療分野の取組みに関するタスクフォース構成員
みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会 システム構築委員会 委員
石巻市医療・介護・福祉・くらしワーキンググループ委員
経済産業省地域新成長産業創出促進事業ソーシャルビジネス推進研究会委員等公職を歴任