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濱田 邦夫 氏(森・濱田松本弁護士事務所、元最高裁判所判事)「傾聴の宅配便」

濱田 邦夫 氏濱田 邦夫 氏|プロフィール(2011年3月現在)詳しく知る

1960年 東京大学法学部卒業
1966年 米国ハーバード・ロー・スクール修了(LL.M.)
1981年 第二東京弁護士会副会長
2001年 最高裁判所判事任官(2006年 最高裁判所判事退官)
2007年 旭日大綬章受章

対談内容

私たちは都市部における高齢者の孤立を大きな課題と捉え、在宅医療からまず入り、様々な企業とコンソーシアムを組んで生活支援をしていきたいと考えております。その実験へ取り組むにあたり必要なことは何か、司法の世界から社会を見つめてこられた元最高裁判所判事の濱田郁夫氏(森・濱田松本弁護士事務所)に語っていただきました。


本日は貴重なお時間をありがとうございます。在宅医療で高齢者の自宅へ伺って感じるのは、高齢者の方々は、医療や介護だけではなく、安心して暮らせる生活を一番求めているということです。安心して暮らせる高齢社会とはどういうものなかの、濱田先生のお考えをお聞かせください。
濱田 邦夫氏と対談01高齢者が安心してくらせる高齢社会とは、すべての人の「いのち」が大事にされる社会だと私は考えています。漢字で書く「命」は殺人や死刑に関わる生物学的なもので、平仮名の「いのち」は、肉体的・精神的に不当に抑圧されない自由な生き方を選べる、今そこにある時間と私は解釈します。
この定義づけのきっかけは、裁判は結審するのに時間がかかり、その過程で人が亡くなることもあり、企業なら倒産することもあることから、「いのち」の意味として「時間」という概念を強く意識するようになったからです。
犯罪によって刑務所に入れられるのは正当な束縛ですが、治るべき病気が治らなければ不当なことです。加齢により身体が動かなくなるのは仕方ないにしても、社会的正義・公正がなければ社会は成り立ちません。理由のない肉体的・精神的束縛から逃れて、今目の前にある時間を人々が自由に過ごせる社会が、安心して暮らせる高齢社会です。無意味なことで自分の時間だけでなく他人の時間を阻害するのは、「いのち」をも阻害していることになるのです。
なるほど、「束縛や抑制、制約がない自由な時間」という、生物学的「命」とは別の概念とのお考えですね。
それ以外の経済的、生物的、社会的な偏見や抑圧などがあってはなりません。身体と心は非常に密接な関係を持っています。身体と心の問題について、医療は非常に重要ですが、今の日本では、高齢者が医師に頼りすぎていると言えます。多少は解消されてきましたが、病院に行くと高齢者がずらっと並んでいます。
健康問題というよりも、居場所がなくて病院に来るというサロン化現象です。病院が高度な医学技術で対処しなければならない人はごくわずかなのにも関わらず、そうではない人がたくさん来て、どうしようもなくなっています。法律の面でも同じようなことが起こりえます。
法律上の紛争は、本当に法律的・論理的な解決が必要な場合ももちろんありますが、かなりの部分は人間関係に起因しています。身体の不調も人間関係からきていることが多いと言えます。これを解消していこうとするのが武藤先生の根本的発想だと思っています。
確かにおっしゃる通りです。長野県での実験ですが、病院に暇だから集まる高齢者が数多くいて外来が大変になっているので、病院のそばに温泉施設を作ってそちらに誘導したところ、外来も減り、みんな元気になったそうです。
濱田 邦夫 氏と対談02 武藤先生のプロジェクトは、医療・介護が中心になっています。さらに、社会的介入が存在するところが、全体としての効果への期待をぐっと押し上げています。端的に提案すると、「傾聴の宅配便」です。お弁当を配るのではなく、心遣いを配るということです。
法律でも医療でも、弁護士会やクリニックに来て相談するシステムになっていますが、何か助けがほしいという意思表示をした人に対して、サービスをデリバリーするのです。必要があればこちらから派遣するということです。物理的な派遣はシステムや費用との兼ね合いがあり簡単ではないかもしれませんが、face to faceで行うことが重要です。
法律でもカウンセリングでも、そこまで至らない段階では電話を使うことが可能です。独居の高齢者の話だけでなく、老々介護などでは介護する人のケアも重要で、介護する人の話も聞くというシステムが必要でしょう。
利用者は登録をして、毎日決まった時刻に短時間であってもというのが理想ですが、週に1回でも話を聞いてケアする傾聴というサービスをデリバリーするシステムはいいのではないかと思います。
先生の在宅医療のグループから手始めに実践してみてはどうでしょう。NPO法人朝日カウンセリング研究会が独居の高齢者に対する電話相談を行っていますが、それを知っている人しか利用しませんし、しかも日にちを決めていますので、日程を覚えていられない人も多いのです。
他には、同志社大学の樋口和彦先生が理事長をなさっている「いのちの電話」という全国的な組織があります。基本的には受けた電話に対応するのですが、傾聴の訓練を受けた人が対応しています。先生のエリアでも「いのちの電話」はありますので、そうした既存のものを取り込むことができれば、電話を受けるだけでなく、登録した人には電話をかけることも可能です。実験的にうまくいけば、それが広がっていくと思います。
高齢者の方に、「電話をかけますよ」「電話をかけてください」と言うと、みなさんなかなか信用しないそうです。押し売りではないかと疑ってしまうのです。
ですから、このシステムは武藤先生の関係ですと言えば、信用してもらえます。
すばらしいアイデアですね。ぜひやりたいです。「ここからかかってくる電話であれば、顔が見えて安心だ」というホットラインを、高齢者と繋ぎたいです。
高齢者の法律的保護の問題は十分対応できているとは言えません。ある程度機能していますが、弁護士、司法書士、裁判所など法律の専門家は、高齢化に伴う肉体的・精神的な事象に対する理解が足りません。成年後見制度では、親族が後見人になるケースも多く、本人のためではなく後見人本人が使ってしまう問題があります。
裁判所が後見監督する制度もありますが、十分に行き届いていません。後見人個別の資質ではなく、外部的チェックバランス、つまり高齢者に関わりを持つ様々な人が、介護家族にたえず接するようなシステムにしておくことが必要です。本当の意味での法的保護もありますが、行政上もタイアップする形で人間として支えるシステムにしていかなければ解決しないでしょう。
行政というお話が出ましたが、官と民とのバランスをどうとらえたらいいでしょうか。
濱田 邦夫 氏と対談04 官僚はいい面と悪い面がありますが、既得権益尊重で全体の活力が失われています。政治や行政は本来それを打破しなければなりません。しかし、それだけの迫力を持った政治家も官僚も、残念ながら見当たりません。
そうであれば、問題提起をし、いろいろ思いつく人が声を出し、それに賛同する人が集まって進めていくしかありません。本来20年前からやるべきことを先のばしにしてきた日本では、今、誰々がやるべき、役所がすべきと言っている状況ではないのです。民間のイニシアチブに応えられる官僚は国にも地方にもいますから、そうした人たちと連携して行動するのがいいと思います。
とはいえ、民間企業はCSR(企業の社会的責任)とは言っても、利益ベースですから、株主に対して中・長期的に業績に結び付かないと協力してくれません。そこで、高齢者が持つ資産活用ということも考えられます。グループホームのような形にして、固定資産を処分してフローとしていくなどです。
サービス提供者にお金だけではなく、ボランティアによる見返りを出すなどもあります。ギブアンドテイクの関係を作り、組織化していくという方向です。武藤先生が始められた地域の実験を成功させることは、日本社会にとってとても重要です。しかも、韓国や中国など日本を追って高齢社会になっていく国々に対する先進モデルとなります。
そのためには、いろいろな企業が、自分の会社や業界のためでなく、役所も含めて力を合わせて新しいシステムを生み出すことが期待されます。武藤先生は、医師の世界、ビジネスの世界の両方に跨った非常にユニークな存在で、人に愛される人間性も持っています。それを十二分に生かして、このモデルを成功させてほしいと思います。医療の負担を軽減するためにも、臨床心理的な面、法律的な面も合わせることで、強固なシステムができるのではないでしょうか。
貴重なご意見をありがとうございました。「傾聴の宅配便」は素晴らしいキャッチフレーズです。今後とも濱田先生のアイデアをたくさん聞かせていただきたいと思います。どうぞ引き続き御指導のほど、よろしくお願いいたします。

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武藤 真祐(聞き手)
武藤 真祐|医療法人社団鉄祐会 祐ホームクリニック 理事長 詳しく知る

1990年 開成高校卒業
1996年 東京大学医学部卒業
2002年 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了
2010年 祐ホームクリニック開設
2011年 祐ホームクリニック石巻開設
内閣官房高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部 医療分野の取組みに関するタスクフォース構成員
みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会 システム構築委員会 委員
石巻市医療・介護・福祉・くらしワーキンググループ委員
経済産業省地域新成長産業創出促進事業ソーシャルビジネス推進研究会委員等公職を歴任

濱田 邦夫 氏と対談

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