• HOME
  • 武藤真祐と対談(渋澤 健 氏)

井伊 雅子 氏 (一橋大学大学院国際・公共政策大学院教授) 「安心と持続性ある制度へ」

井伊 雅子 氏井伊 雅子 氏|プロフィール(2011年3月現在)詳しく知る

1986年 国際基督教大学教養学部卒業
1993年 ウィスコンシン州立大学マディソン校経済学部博士課程修了
2004年 一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
2005年 一橋大学大学院国際・公共政策大学院教授
2010年 東京大学公共政策大学院医療政策教育・研究ユニット特任教授

対談内容

私たちは都市部における高齢者の孤立を大きな課題と捉え、在宅医療からまず入り、様々な企業とコンソーシアムを組んで生活支援をしていきたいと考えております。日本の社会を支える医療制度の課題について、社会保障改革に関する有識者検討会のメンバーの井伊 雅子氏(一橋大学大学院国際・公共政策大学院教授)に語っていただきました。


本日は貴重なお時間をありがとうございます。井伊さんは、社会保障改革に関する 有識者検討会の委員でいらっしゃいますが、日本社会を支えてきたこれまでの医療制度の課題や今後の方向についてお伺いしたいと思います。
井伊 雅子 氏と対談01 検討会は、年金や財政などメンバーはそれぞれ専門が異なり、医療を専門にしているのは私だけでした。医療制度を考えるとき、社会保障における2本の柱を根本におかなければならないと主張しました。「安心できる制度であること」「持続可能性な制度であること」という2つです。安心できる制度でなければ、 増税に関しても国民の理解を得られません。
これまで改革が進まずに増税できずにきたので、今の厳しい状況に至っています。日本の医療制度の原則は社会保障方式です。
アメリカは基本的には民間保険、高齢者と低所得者はそれぞれ税金によるメディケア・メディケイド、イギリスは税金、ドイツやオランダは社会保険料が中心と、国によって異なります。日本は社会保険料と公費が混合で見えづらいと言われており、さらに問題となるのが、公費は国民から徴収した税金ではなく赤字国債で賄っている点です。
社会保険料は確かに負担が大きくなりましたが、税金での負担はほとんどしていないにも関わらず、負担が大変だという声があるのです。日本は世界的に見て、比較的安価で質のよい医療や介護を提供しています。 しかし国民は理解できず、満足していません。医療崩壊などマイナス面だけを強調しています。20 年前はデンマークやスウェーデンに劣っていましたが、今は、課題はあるにせよ、高齢者に対しての社会的な支援量は遜色ないレベルにあると言えます。
日本の制度は、海外から見にくるほど素晴らしいという意見を述べる方もいますね。
井伊 雅子 氏と対談02 日本の介護制度は過保護で、残存能力を早期に低下させ、自立を妨げるので、かえって人的負担や費用負担も大きくなりがちと言われています。デンマークなどでは、できるだけ要介護にならないように、福祉器具や独居支援などの制度を充実させています。日本はこれから、お金や人的サービスをどの時点でかけるのか、タイミングを考えるべきかもしれません。
日本の皆保険におけるフリーアクセスはすばらしい制度で、今後も堅持すべきですが、問題があります。どこにでもかかれる反面、適切な情報をどこで探せばいいのかわからないということです。ホームページ検索や口コミで情報を得ても、どこへ行くのがいいか判断できずに、健康保険証を持って右往左往する状態となっています。
症状から自分で病気を推定して、診療科を選択する現状は、患者、特に複数の健康問題を抱える高齢者には大きな不都合と負担になっており、そこで家庭医療や在宅医療などかかりつけ医の役割が重要になってきています。それを制度化する話になると、医療費の効率化を優先するのかという声が出てくるのですが、それは結果論です。
高齢者ケアでは、安心できる制度ということで、複数かかっている医療機関のマネジメント、多重薬剤の回避、介護資源の効率的利用、疾病予防などを行った結果として、医療・介護費用の増大の抑制につながります。持続可能性を維持していくには増税が必要ですが、その額を低く抑えるということにもなります。
家庭医や在宅医などかかりつけ医の充実には、教育が必要ですね。
日本では家庭医療やプライマリ・ケアの教育が医学部でなされていません。世界の潮流は、ファミリー・フィジシャン、ジェネラル・プラクティショナー(GP)などと呼ばれる家庭医の養成です。家庭医は病気や健康問題の8割を解決できると言われています。
内科だけでなく、小児科、外科、精神科などもカバーします。家庭医療先進国のオランダでは、家庭医は国の医療の93%をカバーし、それにかかる費用はオランダの総医療費のわずか7%だけだそうです。各科の専門医や病院は、その専門手技と資源を必要な患者に集中できます。
日本の家庭医の質が高ければ、フリーアクセスを制限することなく、患者は家庭医を選択できますが、今のレベルだとどうしても病院へ行ってしまいます。現在のイギリスの GP 教育は、疲弊していたサッチャー政権時代と大きく様変わりし、相当高いレベルで行われていると聞きました。
オランダではプライマリ・ケアの診療内容が40 年間くらい蓄積され、日々の診療で湧き起る疑問や関心についてこのデータベースを使って分析できるようになっています。
Lancet や BMJ など世界のトップジャーナルもプライマリ・ケアを積極的に取り扱っており、世界の潮流が GP にあるとわかります。高齢社会では特に医療現場が重要ですから、そこで経験を積んだ人が大学で教えるような時代が早く来ることが医学教育にも求められます。
在宅医療をやっていて、大学の臨床教授も兼ねるという先生が出てきています。現場を知らないと在宅医療について教えることはできないでしょう。
家庭医は精神科もカバーしますが、武藤先生のところはいかがですか。
在宅での精神科疾患では、最近、統合失調症の方を診ることが多く、非常に難しいです。我々もまだまだトレーニングを積み、スキルアップしなければなりません。そうでないと、人を教えるところまでいけません。
井伊 雅子 氏と対談04 オランダでは、生活習慣病の中にうつ病が入っているので驚きました。うつ病や統合失調症は完全に治ることがなく、ある意味、糖尿病、高血圧、脂質異常症などと同じで、薬などを使って患者は病気と共存していかなければなりません。ですから、家庭医が継続的に診て、薬のコントロールなどをするのです。
在宅に限りませんが、寝たきりに近い状態の人は、うつ病、少なくともうつ状態になりますが、そこに対するケアは日本では進んでいません。
高齢者が増えると、認知症も増加します。認知症の患者を精神科で診るのは日本だけと言われます。高齢化の進む先進国をみていますと、年を取れば物忘れをすることも増え、それに対しては社会の中で暮らしていくのが一番いいとされています。
認知機能の低下は、年齢とともに進んでいくので、これを病気とするのかどうかです。薬だけでも治りませんし、生活を支える場である家で、医療や介護がないと難しいですね。
これからの高齢社会では、看取りも大きな課題となってきます。デンマークでは、寝たきりやいわゆるスパゲッティ症候群がないと言われます。これは家庭医がいて、きちんとした看取りができているからです。
井伊 雅子 氏と対談03 私たちのクリニックでは、この1年間で 450 人以上の患者さんを診させていただき、 在宅での看取りは 70 人以上です。亡くなられた方が 90 人余りですから、約8割の方が在宅で亡くなりました。この割合は、戦後間もなくの時期と同じです。
我々が診療を始めるときから、在宅で亡くなりたいと思っているわけではなく、絶対に家でという人は4割くらいです。しかし、短い間であっても、我々が診させていただいていく過程の中で、家でもいいという人が増えて 8 割となったのです。
在宅での胃ろうについてはいかがですか。
胃ろうのある人は数パーセントです。私たちが胃ろうを勧めることはありません。 ほとんどの場合、病院に入院中に胃ろうを作られて退院しています。
フランスでは、この20年くらいで胃ろうはなくなりました。それは死に方が変化してきたということを意味します。食べることと排泄ができなくなったとき、人間はどういう選択をするのかということで、日本でもこれから死に方に対する考え方が変わってくるでしょう。
武藤さんには、在宅医療の日本のフロントランナーとして、Lancet や BMJ に論文が発表できるようになってほしいと思います。大学に残らないとドロップアウトしたと捉えられがちな日本ですが、高齢社会において必要なことは何かと考えると、別の価値観があっても良いと思います。
地域で日々患者の診療に携わることで感謝され、その診療上の疑問に答える臨床研究を論文や学会で発表して評価される、これほど医師として生きる喜びを感じることはないでしょう。日本の高齢社会は世界が注目しています。その取り組みや情報発信は非常に大重要ですから、がんばっていただきたいと思います。
私たちは、日本を高齢先進国と呼んでいますが、この分野できちんとした臨床研究もしていかなければならないと考えています。在宅医療に優れた人材が入ってくるには、 臨床レベルも上げ、同時に研究レベルも上げなければなりません。本日は貴重なお話をありがとうございました。

この対談をPDFでダウンロードする

武藤 真祐(聞き手)
武藤 真祐|医療法人社団鉄祐会 祐ホームクリニック 理事長 詳しく知る

1990年 開成高校卒業
1996年 東京大学医学部卒業
2002年 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了
2010年 祐ホームクリニック開設
2011年 祐ホームクリニック石巻開設
内閣官房高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部 医療分野の取組みに関するタスクフォース構成員
みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会 システム構築委員会 委員
石巻市医療・介護・福祉・くらしワーキンググループ委員
経済産業省地域新成長産業創出促進事業ソーシャルビジネス推進研究会委員等公職を歴任

井伊 雅子 氏と対談

ページトップへ