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矢崎 義雄 氏(独立行政法人国立病院機構理事長)「医療のIT化と地域医療」

矢崎 義雄 氏 矢崎 義雄 氏|プロフィール(2010年12月現在)詳しく知る

1963年 東京大学医学部卒業 医学博士
1995年 東京大学医学部長 就任
2000年 国立国際医療センター総長 就任
2007年 国立病院機構 理事長 就任

対談内容

矢崎義雄先生は、いち早く医療情報システムの構築に取り組まれ、医療情報の電子化・ネットワーク化による課題解決の先駆的な事例を世に示されました。独立行政法人国立病院機構の理事長として、病院の機能分担や連携にもご尽力しておられます。本日は、医療IT化や地域医療、地域連携について語っていただきました。


矢崎 義雄 氏と対談01矢崎先生は、私が東大旧第三内科研修医時代の教授でいらっしゃいまして、今に至るまでご指導いただいておりますことに、大変有り難く感謝申し上げております。本日もまた、貴重なお時間をありがとうございます。 私は、高齢者の孤立が進む都市部において、在宅医療を中心とした産学官民横断のコンソーシアムにより、高齢社会に適した地域コミュニティモデルの構築を試みております。その基盤として、2010年1月、文京区に在宅医療専門診療所を開設いたしました。まず初めに、医療情報の電子化について先生のご意見をうかがいたいと思います。
私が理事長を務める独立行政法人国立病院機構は、144病院を有する法人グループで、現在、病床数56,508床、職員数51,508人、医師は約5,000人という規模です。日本の医療の課題として、診療データの集積、分析、フィードバックということがありますが、厚労省でもシステムとして十分にはできていません。私たちは、機構本体とは別に総合研究センターを作り、この144病院をネットワークして診療データの集積・分析をして、医療の均てん化を図ろうとしています。
しかし、これによって病院が収入を得られるわけではありませんから、病院の努力に任されているのが実際です。電子カルテシステムにしても、自前でカスタマイズしているところから既製品で済ませているところまでグレードが異なります。医事会計システムだけを導入している病院もあります。そこで、東京医科歯科大学の伏見清秀教授に非常勤で中心となっていただき、システム作りに着手しました。
まずDPCでの患者データ集積を行っています。データ集積にあたっては、電子カルテを共通仕様にすることが重要ですが、共通仕様に参加してくれたのは35病院でした。
ベンダーは同じということはないのですか?
矢崎 義雄 氏と対談02 35病院についてはブロック別の入札であり、ベンダーはまちまちです。電子カルテは、インフラはある程度共通とはいえ、オプションについては各病院でやっているので、なかなか共通というわけにはいかない難しさがあります。共通言語化の先進国であるアメリカと違い、日本は地域により文化も伝統も異なりますからね。
日本は今、高齢化、医療高度化などによる医療費増加、パターナリズムにおける患者意識変革など課題を抱えています。政府は医療費適正化、健康寿命の延長などを期待しています。地域医療崩壊なども課題となっています。また、IT化によって医療の質向上、医療機関の生産性向上、治療から予防へのシフト、グローバルな産業化などが求められています。
社会保障カードを中心に、個人情報を保護しながら情報を双方向にして、薬局・診療所等で有効活用しようという動きも出ています。 このように医療のIT関係を社会基盤として作っていくときには、課題を一つひとつ解決していかなければなりません。
医療におけるIT化の課題にはどんなことがあるでしょうか。
競争原理に基づいて、ベンダーがそれぞれ囲い込んでしまうことが問題です。医療のIT化は、皆が協力してやっていかなければ進みません。車であれば、特殊性を出すことで国民はニーズに合ったものを購入しますが、医療はそれとは違います。社会の共通の財産、資産となるのですから、国として取り組むときには、一つの企業が開発から応用まで全て行うのは無理があります。ですから、共通仕様ということが非常に重要になるのです。
矢崎 義雄 氏と対談03 医療におけるIT化がなかなか進まないでいる状況で、私が病院から外へ出て開業医となって感じているのは、病院と診療所の連携がまだ充分ではないことです。病院と診療所の連携について、先生はどのようにお考えでしょうか。
私は、国立国際医療センター(現・国立国際医療研究センター)で新宿区医師会と一緒に、電子カルテシステムを導入しました。在宅の患者さんも映像モニターで診られるという革新的なもので、医師会も独自にサーバを入れるなど積極的でしたが、思うほどには広がりませんでした。
病院と診療所の連携は地域医療を支える大切なことです。国立病院機構の病院の約3分の2はもともと国立療養所で、結核、重症心身障害、精神、筋ジストロフィーなどの難病に対応する施設です。地域における筋ジストロフィーはほぼ全部、重症心身障害は約40%を受け入れています。福祉施設は軽い患者さんだけを受け入れることから、私たちは医療ニーズの高い患者さんを受け持っています。多剤耐性菌を持つ結核患者さんや医療観察法に基づく精神疾患の患者さんは、民間では対応ができません。
地域でできないから国で対応すべきだとも言われますが、国がやると閉鎖的になり、医療の質や患者のQOLについても、第三者の目が入りにくくなりがちで、向上させるモチベーションが働きにくくなります。財務についても同様です。私は殻を破り、外からの目も入るようにしました。これは大きな成功でした。地域でこうした患者さんを診る病院は必要で、まさに地域医療です。国立病院機構では病院がお互いに連携して、若い医師や看護師をこうした病院にも回していることで、病院自体もよくなります。
急性期については、国の政策医療である4疾病5事業を展開していますが、大型病院は数少なく、ほとんどが500床以下です。この規模の病院は、地域の病院や診療所と連携・協力して地域医療を支えていかないとやっていけません。IT化は、地域における機能分担や連携を成功させるキーワードです。
ITは道具であり、その基盤に人的ネットワークがあってはじめてITが活き、連携が成り立つものと承知しています。そういう意味でも、地域内で医療提供者の協働体制で取り組みたいと思うます。各地での病院と、例えば地域の医師会との協力関係はいかがですか。
昔は病院整備に対して医師会が反対するケースもあったようですが、今は、地方へ行くと、小さくてもしっかりした病院を開業医の先生方は望み、患者さんを積極的に紹介してくれます。患者さんの奪い合いのような意識は全くないと言えます。
私は研修医時代に、矢崎先生から自分の意見をしっかり持つこと、決めたからにはやり遂げること、を学びました。2010年1月に診療所をスタートさせ、終末期の患者さんの看取りを経験するなかで、先端医療だけでは埋められない人と人とのつながりがあることを、改めてしみじみとわかりました。医師になって本当によかったと、心からのやりがいと使命感を感じると同時に社会的責任を感じます。
在宅医療は大変ですが、これから非常に必要なところです。個々の患者さんにとっては命綱でもあります。先生方のやりがいがあってこそではありますが、個人で完結してしまうと、それは個人的な経験で終わってしまいます。団塊世代が高齢者となってさらに高齢社会が進むとき、個々の先生方だけでやりきれるものではないでしょう。システムとして行えるようにしなければなりません。
矢崎 義雄 氏と対談04 私も全く同様に感じています。良い先生がいるからそこの医療は良いというのが現状で、その先生がいなくなると終わりです。私の目指しているのは、それほど思いは強くなくても、普通の医師が在宅医療を行える仕組みを作ることです。そのためには、医師は医師のやるべきことに集中できる環境を作る、看護師も同様で、その補完として鍛えられた事務系職員が活躍する。
さらに、医療全体のリスクを減らし、人がやる仕事をサポートするITが重要であると考えています。今その仕組み作りに試行錯誤中ですが、よい仕組みができればぜひ社会システムとして拡げていければと思います。 多くの先生方に在宅医療を知っていただくために、各地の先生方と連携して、開業医と病院勤務医が一定期間交代して勤務する、いわば「交換留学」のような仕組みを実現させたいと思っています。臨床研究や公衆衛生という部分にも踏み込んでいくと、若い先生たちの関心度も上がるでしょう。
ずっと在宅医療を仕事にするかどうかは別にして、若い先生が在宅医療の現場を知ることは重要なことです。武藤先生が実地で実現していこうとしているのは、大したものだと感心するとともに、これからもお役にたつことがあれば協力していきたいと思います。
先生の力強いお言葉にさらに勇気づけられました。今後ともご指導をよろしくお願いいたします。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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武藤 真祐(聞き手)
武藤 真祐|医療法人社団鉄祐会 祐ホームクリニック 理事長 詳しく知る

1990年 開成高校卒業
1996年 東京大学医学部卒業
2002年 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了
2010年 祐ホームクリニック開設
2011年 祐ホームクリニック石巻開設
内閣官房高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部 医療分野の取組みに関するタスクフォース構成員
みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会 システム構築委員会 委員
石巻市医療・介護・福祉・くらしワーキンググループ委員
経済産業省地域新成長産業創出促進事業ソーシャルビジネス推進研究会委員等公職を歴任

矢崎 義雄 氏と対談

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